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大阪地方裁判所 平成9年(ワ)5235号 判決 1998年7月28日

原告

圦順子

ほか二名

被告

寺岡昇一

ほか一名

主文

一  被告らは、原告圦順子に対し、各自金六八万一八一九円及びこれに対する平成八年二月一七日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、原告圦明弘に対し、各自金三万一五二五円及びこれに対する平成八年二月一七日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告らは、原告圦貴司に対し、各自金三万一五二五円及びこれに対する平成八年二月一七日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告圦順子、同圦明弘及び同圦貴司のその余の請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用は、これを一〇分し、その九を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

六  この判決は、第一項ないし第三項に限り 仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告らは、原告圦順子に対し、各自金五四九二万四三七六円及びこれに対する平成八年二月一七日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、原告圦明弘に対し、各自金一九二三万四五〇〇円及びこれに対する平成八年二月一七日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告らは、原告圦貴司に対し、各自金一九二三万四五〇〇円及びこれに対する平成八年二月一七日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告寺岡昇一が運転する事業用普通乗用自動車が道路を横断歩行中の圦邦夫に衝突し、同人を死亡させた事故につき、同人の相続人である原告らが被告寺岡昇一に対しては、民法七〇九条に基づき、被告財団法人大阪同和産業振興会に対しては、民法七一五条に基づき、損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実等(証拠により比較的容易に認められる事実を含む)

1  事故の発生

左記交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

日時 平成八年二月一七日午前〇時三〇分頃

場所 大阪市天王寺区上本町七丁目三番二号先路上(以下「本件事故現場」という。)

事故車両 事業用普通乗用自動車(タクシー)(なにわ五五う三七二一)(以下「被告車両」という。)

右運転者 被告寺岡昇一(以下「被告寺岡」という。)

歩行者 圦邦夫(以下「亡圦」という。)

態様 亡圦が、本件事故現場を走る道路上を東から西に歩行横断していたところ、右道路上を南から北に走行してきた被告車両に衝突された。

2  亡圦の死亡

亡圦は、本件事故により脳挫傷の傷害を負い、平成八年二月二二日午前〇時四九分頃、死亡した。

3  被告らの責任原因

(一) 被告寺岡の責任原因

被告寺岡は、被告車両を運転するに際し、前方を注視する義務を負っていたにもかかわらず、前方注視義務を怠り、漫然と直進した結果、被告車両の前方を通行していた亡圦を発見するのが遅れ、被告車両を亡圦に衝突させたものである。

(二) 被告財団法人大阪同和産業振興会の責任原因

本件事故当時、被告寺岡は、被告財団法人大阪同和産業振興会(以下「被告法人」という。)の従業員(タクシー運転手)であり 被告法人の業務の執行中であった。

4  相続

亡圦の死亡当時、原告圦順子(以下「原告順子」という。)(昭和一三年一二月二九日生)はその妻、同明弘(以下「原告明弘」という。)(昭和四五年二月二二日生)は長男、同貴司(以下「原告貴司」という。)(昭和四六年一一月八日生)は次男であった(弁論の全趣旨)。

5  損害の填補

原告らは、本件交通事故に関し、自賠責保険から三〇一九万九六八〇円の支払を受けた。

二  争点

1  亡圦の損害額

(原告らの主張)

(一) 逸失利益 六六七三万八〇〇〇円

亡圦は、死亡当時、六〇歳であり 三和興業株式会社の代表取締役を務め、その収入は一か月あたり一〇〇万円を下らず、一家の支柱であった。

逸失利益は、次の計算式のとおりになる。

(計算式) 12,000,000×(1-0.3)×7.945=66,738,000

(二) 入通院慰謝料 二〇万円

2  原告順子固有の損害額

(原告順子の主張)

(一) 治療費 一五万六三八〇円

(二) 入院雑費 一二万三二三〇円

(三) 交通費 二〇万六五六〇円

(四) 付添看護費 三万三〇〇〇円

(五) 葬儀費用 一六一三万五八八六円

(六) 死亡慰謝料 一〇〇〇万円

(七) 弁護士費用 五〇〇万円

(被告らの主張)

不知。

3  原告明弘固有の損害額

(原告明弘の主張)

(一) 死亡慰謝料 一〇〇〇万円

(二) 弁護士費用 二五〇万円

(被告らの主張)

不知。

4  原告貴司固有の損害額

(原告貴司の主張)

(一) 死亡慰謝料 一〇〇〇万円

(二) 弁護士費用 二五〇万円

(被告らの主張)

不知。

5  過失相殺

(被告らの主張)

本件事故現場は、幅員約一九メートル往復四車線の幹線道路である市道赤川天王寺線路上において発生した事故である。亡圦は、同道路の東から西に向けて横断し、南から北に向けて走行してきた被告車両と衝突したのであるが、亡圦が横断していた場所は横断禁止の規制のあるところであった。しかも、その場所は、横断禁止の標識があるだけでなく、歩道と車道の間に植木が植えられており、車道中央部には幅約二・五メートルのゼブラゾーンがある。したがって、その場所が横断禁止場所であることは容易に認識できるところであった。さらに、本件事故の発生は深夜の午前〇時三〇分頃という時間帯であり、亡圦が横断していた道路の部分の街灯は消えていた。

したがって、右道路を走行する車両の運転手からすれば、横断禁止を無視して歩行者が道路を横断してくるという状況を予想し、これを発見することは相当困難な状態であった。

よって、本件においては少なくとも五割の過失相殺がなされるべきである。

(原告らの主張)

本件においては、被告寺岡に、著しいスピード違反、脇見運転、前照灯の無灯火といった著しい過失がある。

また、本件事故現場の道路には、横断禁止規制があるが、ガードレールやフェンスは設置されていないし、横断禁止の標識は樹木に遮られて歩道からは非常に見えにくい。そして、本件事故現場西側には「ローソン」があり、また、横断歩道のある交差点までの距離が長いことから事実上本件事故現場付近を横断する歩行者が多くなっているのである。

第三争点に対する判断(一部争いのない事実を含む)

一  争点5について(過失相殺)

1  前記争いのない事実、証拠(甲二1、3、5ないし7、二一2、乙一1、2)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

本件事故現場は、大阪市天王寺区上本町七丁目三番二号先路上であり、その付近の概況は別紙図面記載のとおりである。本件事故現場を通る道路(以下「本件道路」という。)は、市道赤川天王寺線という南北方向に走る片側二車線の道路であり、その幅員は約一九メートル(歩道部分を除く)であり、車道と歩道とは樹木の植え込みによって区切られていた。本件道路の制限速度は時速五〇キロメートルに規制されていた。本件事故当時、同図面中の横断禁止標識と記されている地点に横断禁止の標識が設置されていたが、植え込みの樹木の陰に隠れて見えにくい状況であり、また、同図面の照明が点灯していなかった。

被告寺岡は、平成八年二月一七日午前〇時三〇分頃、被告車両を運転して本件道路の北行車線の第一車線と第二車線とを跨ぐ形で南から北に向かって時速約六〇キロメートルで走行し、左前方の歩道の方を乗客がいないかどうかちらちらと見ながら進行していたが 別紙図面<3>地点において、同図面<ア>地点を東から西に横断歩行していた亡圦に気付き、急ブレーキをかけるとともに左ハンドルを切って衝突を避けようとしたが間に合わず、同図面<4>地点において同図面<イ>地点の亡圦に衝突し、亡圦を同図面<ウ>地点に転倒させ、同図面<5>地点に停車した。

以上のとおり認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。なお、原告らは、被告寺岡に、著しいスピード違反、脇見運転、前照灯の無灯火といった著しい過失があると主張するが、スピード違反、脇見運転の内容は右認定のとおりであるし、前照灯の無灯火については、これを認めるに足りる証拠はない。

2  前記のとおり、本件事故が、被告寺岡が本件道路を走行するにあたり、進路前方を注視すべき義務があったにもかかわらず、これを怠ったまま漫然と進行した過失のために起きたものであることは、当事者間に争いはない。しかしながら、他面において、前認定のとおり横断禁止標識が見えにくい状況であったことを考慮に入れても、亡圦が横断したのは現に横断禁止規制が行われていた場所であるし、本件道路は幅員約一九メートルの幹線道路であること、車道と歩道とは樹木の植え込みによって区切られていたこと、車道中央部には幅約二・五メートルのゼブラゾーンがあることからすると、本件道路を横断することがかなりの危険を伴うということは容易に認識しうるから、亡圦としても本件道路を横断しようとする以上は進行してくる車両の有無・動静につき相当の注意を払うべきであるところ、前記事故態様によれば亡圦にもこの点について注意を欠くところがあったといわざるを得ない。したがって、本件に関する一切の事情を斟酌し、四割五分の過失相殺を行うのが相当である。

二  争点1について(亡圦の損害額)

1  損害額(過失相殺前)

(一) 逸失利益 二八六〇万二〇〇〇円

証拠(甲一九1ないし4、二〇、原告順子本人)及び弁論の全趣旨によれば、<1>亡圦は、本件事故当時、六〇歳(昭和一〇年五月二三日生)であり 原告らと暮していたこと、<2>亡圦は、三和興業株式会社の代表取締役を務めていたこと、<3>三和興業株式会社は、原告順子の祖父の代からの会社であること、<4>三和興業株式会社からは、平成七年度においては、亡圦名義で六五〇万円、圦貴司名義で一九四万円、圦トシ名義で一九三万円、圦芳枝名義で一三三万円の合計一一七〇万円が支払われていたこと、<5>圦貴司、圦トシ及び圦芳枝はいずれも三和興業株式会社で働いていなかったことが認められる。

右認定事実に照らすと、三和興業株式会社から亡圦が実質的に受けていた報酬が年額一一七〇万円であったとは認められるが、本件全証拠によってもこれが全て亡圦の労働対価分に相当するものであったと認めることはできない。そこで、平成八年度賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・学歴計男子労働者六〇歳ないし六四歳の平均給与額が年額四六四万〇六〇〇円であること(当裁判所に顕著)をも踏まえ、亡圦の逸失利益算定における基礎収入(年額)は、前記一一七〇万円の五割強相当の六〇〇万円(前記賃金センサスの約三割増)の限度で認めることとする。

したがって、右金額を基礎に、亡圦の家族関係や亡圦死亡時における原告らの年齢等にかんがみ、生活費控除率を四割として、新ホフマン式計算法により、年五分の割合による中間利息を控除して、逸失利益を算出すると、次の計算式のとおりとなる。

(計算式) 6,000,000×(1-0.4)×7.945=28,602,000

(二) 入通院慰謝料 一〇万円

亡圦は、本件事故により脳挫傷の傷害を負い、救急車で大阪府立病院に運ばれたが、意識不明のまま平成八年二月二二日午前〇時四九分頃同病院にて死亡したこと(前記争いのない事実、甲三、弁論の全趣旨)を考慮すると、右慰謝料は一〇万円が相当である。

2  損害額(過失相殺後)

右1に掲げた損害額の合計は、二八七〇万二〇〇〇円であるところ、前記の次第で四割五分の過失相殺を行うと、一五七八万六一〇〇円となる。

これを原告順子が二分の一の割合(七八九万三〇五〇円)で、同明弘及び同貴司が各四分の一の割合(各三九四万六五二五円)で相続により承継したことになる。

三  争点2について(原告順子の損害額)

1  損害額(過失相殺前)

(一) 治療費 一五万六三八〇円

本件事故による亡圦の傷病の治療費として、一五万六三八〇を要し、これを原告順子が支払ったものと認められる(甲一五1、2、弁論の全趣旨)。

(二) 入院雑費 七八〇〇円

亡圦は、本件事故後、救急車で大阪府立病院に運ばれたが、平成八年二月二二日午前〇時四九分頃同病院にて死亡したのであるから、入院雑費として、一日あたり一三〇〇円として六日間分の合計七八〇〇円を要し、これを原告順子が負担したものと認められる(弁論の全趣旨)。

(三) 交通費 認められない。

これを認めるに足りる証拠はない。

(四) 付添看護費 三万三〇〇〇円

亡圦は、大阪府立病院に運ばれたときには既に外傷性くも膜下出血、右硬膜下出血、脳腫張等がみられたことからすると(甲三)、原告順子は、付添看護費として、一日あたり五五〇〇円として合計三万三〇〇〇円を要したと認められる。

(五) 葬儀費用 一二〇万円

原告順子の支出した葬儀費用のうち、一二〇万円の限度で本件事故と相当因果関係があるものと認められる。

(六) 亡圦の死亡による慰謝料 一三〇〇万円

本件事故の態様、亡圦の年齢、生活状況、亡圦と原告順子との関係その他本件に顕れた一切の事情を考慮すると、亡圦の死亡による原告順子の慰謝料としては、その主張額を超えるけれども一三〇〇万円とするのが相当である。

2  損害額(過失相殺後)

右1に掲げた損害額の合計は、一四三九万七一八〇円であるところ、前記の次第で四割五分の過失相殺を行うと、七九一万八四四九円(一円未満切捨て)となる。

四  争点3について(原告明弘の損害額)

1  損害額(過失相殺前)

亡圦の死亡による慰謝料 六五〇万円

本件事故の態様、亡圦の年齢、生活状況、亡圦と原告明弘との関係その他本件に顕れた一切の事情を考慮すると、亡圦の死亡による原告明弘の慰謝料としては、六五〇万円を認めるのが相当である。

2  損害額(過失相殺後)

右損害額につき、前記の次第で四割五分の過失相殺を行うと、三五七万五〇〇〇円となる。

五  争点4について(原告貴司の損害額)

1  損害額(過失相殺前)

亡圦の死亡による慰謝料 六五〇万円

本件事故の態様、亡圦の年齢、生活状況、亡圦と原告貴司との関係その他本件に顕れた一切の事情を考慮すると、亡圦の死亡による原告貴司の慰謝料としては、六五〇万円を認めるのが相当である。

2  損害額(過失相殺後)

右損害額につき、前記の次第で四割五分の過失相殺を行うと、三五七万五〇〇〇円となる。

六  原告らの損害額(損害の填補分控除後)

(一)  原告らの損害額(過失相殺後)のまとめ

以上の次第で、過失相殺後の損害額は、原告順子が一五八一万一四九九円、同明弘及び同貴司が各七五二万一五二五円となる。

(二)  原告らの損害額(損害の填補分控除後)

原告らは、本件交通事故に関し、自賠責保険から死亡による損害分として三〇〇〇万円、治療費その他の損害分として一九万九六八〇円の合計三〇一九万九六八〇円の支払を受けており(前記争いのない事実、弁論の全趣旨)、その結果、原告順子は一五一九万九六八〇円(死亡による損害分三〇〇〇万円の二分の一に治療費その他の損害分一九万九六八〇円を加えたもの)、同明弘及び同貴司は各七五〇万円(死亡による損害分三〇〇〇万円の各四分の一)の損害填補を受けたものと認められる。

したがって、これらの受領額を前記過失相殺後の損害額から控除すると、原告順子については六一万一八一九円、同明弘及び同貴司については各二万一五二五円となる。

七  弁護士費用

本件事故の態様、本件の審理経過、認容額等に照らし、相手方に負担させるべき弁護士費用は、原告順子については七万円、同明弘及び同貴司については各一万円を相当と認める。

八  結論

以上の次第で、原告順子の請求は、被告らに対して、連帯して六八万一八一九円及びこれに対する本件不法行為日である平成八年二月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、同明弘及び同貴司の請求は、そのいずれについても、被告らに対して、連帯して三万一五二五円及びこれに対する本件不法行為日である平成八年二月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので、主文のとおり判決する。

(裁判官 山口浩司)

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